大雪影響から見た国民性
2018年1月22日、都心で大雪が降って交通機関に大きな影響を及ぼした。雪国の人にとっては大したことではないが、都心でも20センチを超える積雪は滅多になく、ほとんどの会社が早帰りを指示したと思われる。
ここで早急(降雪前の午前中)に帰宅令を出した会社は相当優秀で、判断力と想像力に富んでいる。しかしそんな会社はほとんど無いだろう。
ほとんどの会社は降雪後、「確実に」積雪で交通機関が麻痺することが予測できてから帰宅令を出しているので、帰宅時間が重なり帰宅ラッシュとなった。
ここで既に思考停止が見て取れる。
あくまで確実に想像ができるレベルにならないと判断が下さない、つまり前もって起こりうる事態に仮説を立てて実行する能力が組織を統括する人に備わっていない。雪の影響の前に既に交通機関を「麻痺」させていたのは、我々なのである。ビジネスでも一緒、判断が遅い。
予想通り、主要各駅で入場規制が始まり、駅は入場待ちの人で溢れかえる。ここで興味深かったのは、ほかに帰宅方法を考え仮説を立てて行動する人はほとんどなく、みんな入場規制の列に並び「ひたすら耐える」選択をしたことだった。忍耐力という言葉があるが、年配の人からは賞賛される能力かもしれないが、筆者からは「考えるのをサボってる」ようにも思えた。耐えて耐えきったことに達成感を覚えるらしい。
これは大きな間違いで、トラブル時こそ問題解決に向けて頭を使い、仮説を立てて行動する必要がある。
筆者の例でいうと、ある主要駅を利用しているがA、Bの大きな改札は入場規制で150mほど並んでいた。恐らく入場まで数時間かかる。しかし、俯瞰して見ると、CとDという小さな改札も存在する。実際そこへ行くと誰もおらず、ガラガラ。即入場が出来た。
目の前の事象を見て「あ、入場無理だ。仕方ない、並ぼう」と思考停止するか、「入場規制だ。他の考えられうる選択肢はどれか?」と前向きに仮説を立てられるか。生き残るのはどちらか自明である。
この例はビジネスでも同じだ。思考停止して
そのまま続けるか、方法を考えるか。勝つのは自明。この国は耐えることが美徳で、路線変更に大きな「他者からの無言の圧力」がある。一緒の呪いみたいなものがあるなぁと感じた。
目標達成のための努力プロセスで山場に差し掛かった時、耐えて山場を乗り越えることについて、忍耐力は必要。しかし、何でも耐えるという選択肢は思考停止。
トラブル時だけではなく、いつも仮説を立てて行動する仮説思考は生き抜く上で必ず必要だし、この国民こそ必要だと思う。